悲しいお知らせが届きました。
Kさんは10年近く補聴器を使っていて下さる、長年のお客様です。
私がお会いしたのはこの春でした。
いつも当店からお出ししているハガキをご覧下さり、来て下さいました。
奥様が御一緒でした。Kさんは数年前に倒れ、
それ以来体に少し麻痺が残り、また透析もされているとのことでした。
立つのも座るのも、奥様の支えが必要です。
そんな関係でしばらくお店にも来ることが出来ず、
使っている補聴器も調整などができないままで、
正直、お店にいらしたときは意思疎通も少し難しい状態でした。
体の状態がおもわしくなく、すっかり話さなくなってしまっているとのことでした。
お医者様でも(意思疎通がうまくいかないので)聴力検査が
難しいと言われたそうなのですが、2度目に当店へお出でいただいた時、
こちらの言う事がまったく分からないわけではなかったので、
久しぶりの聴力検査をしてみました。
最初は聞こえているのか聞こえていないのか、私もよくわかりませんでした。
しかし根気良く続けていくうち、
聞こえているときは私の方を見てくれることに気が付きました。
私が「聞こえているんですね?」という意味で頷いていると、
じっと見返してくれます。
音を小さくしていくと、視線が外れるのです。
これなら正確さには欠けるかもしれないけれど、
ある程度は調整できるかもしれない、と
Kさんの反応に励まされ検査を終了しました。
聴力自体は中~高度へかかるくらいの難聴でした。
お使いの補聴器は少々古いタイプの物だったので、最新のエポックを調整して付けて貰いました。
「Kさん、聞こえますか?」
Kさんの表情は聞こえてるのかいないのか、微妙な表情です。
「お父さん、聞こえる?」
Kさんは隣の奥様を振り向きました。
そして奥様の頬を手で優しく叩いたのです。
「聞こえるの?お父さん?」
にこりと笑います。
「Kさん、Kさん、聞こえるんですね?」
私が訊ねると、また笑顔で奥様の頬を撫でました。
私はこの時の、嬉しそうに奥様の頬を撫でるKさんが忘れられません。
きっとご自身でも、奥様に世話をかけていることを
気に病んでおられたのだと思います。
だけれど、妻が話すことがよくわからない。気持ちをうまく伝えることもできない。
でも今、この補聴器を付けたら妻の声が聞こえてきた。嬉しい。
そんな気持ちが見えた気がしたのです。
そのあとお帰りになるまで、ちょくちょく奥様の頬を撫でるKさんがいました。
Kさんは奥様のことが大切で、愛してらっしゃるんだなぁと私は感じて、
嬉しくなりました。
その後、補聴器購入について手続きなどの相談をして、
準備が整ったらまた、とお帰りになりました。
4月のことでした。
そして先日、奥様が訪ねていらっしゃいました。
Kさんがお亡くなりになったと、お知らせに来て下さいました。
来店がなくなってしまったので、
近況をお尋ねするハガキなどを出していたのですが、
気持ちの整理がついてきたのでご連絡をと、お越し下さいました。
お店で調整した補聴器を付けた時、
本当にちゃんと声が聞こえていたのか、話しがわかったのか、
それはKさんにしかわかりません。
でも、あの嬉しそうな笑顔で奥様の頬を撫でたKさんには
大切な奥様の声が聞こえていたのだと、私は信じています。
補聴器ができること。できないこと。
溢れる気持ち、秘めている気持ち、
伝える手助けになれたら、とても嬉しいです。
ご冥福をお祈りいたします。


